戦艦大和が沈んだ日
1945年4月7日は、戦艦大和がアメリカ軍艦載機約300機に攻撃され坊ノ岬沖で沈没した日です。「やまと」というと私の世代では松本零士さんの作品である宇宙戦艦ヤマトを思い起こすことが多いのですが、私も高校生くらいになると、大東亜戦争に関することを、「学校や新聞・報道等」以外から学ぶことが多くなり、帝国海軍の建造した当時世界最大級の戦艦大和についての知識も持つようになりました。私たちの世代は、物心ついた頃から沖縄は当然日本に属すると考えるので、沖縄は1972年に日本に返還されたことにピンとしないのです。意識していないと忘れてしまうこともあります。そして、悲しいことに沖縄は「捨て石」のように教え込まされてきています。しかし、世界最大級の貴重な戦艦を捨て石のために派遣するでしょうか? 戦艦大和は迫るアメリカ軍から沖縄防衛のために海上特攻という作戦のもと、沖縄へ向かい、その途中で攻撃を受けて沈んで行ったと考えられています。これは限られた生還者の発言です。実際の生還者の方からは、地獄のような光景の中、戦艦から流れ出した油まみれになり、必死に泳いで救出艇に救われたとの言葉もあります。全く凄惨な話です。戦闘飛行機時代を切り開いたのは日本であったのに、今の常識では考えられない艦隊編成の薄い状態で出航したような杜撰な計画からは、数千人の犠牲者も出してしまい、日本の首脳陣が思考停止?してしまったのではないかとも思えます。その結果、情勢を冷静に分析できず、時代遅れの判断・実行になってしまったのではないかと思います。この日がくるたびに、毎年私は戦艦大和が日本の(過去、現在、未来において)何を象徴するものか考えたりします。
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